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湯河原のおすすめ観光名所と楽しみ方

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湯河原は東京駅から1時間ほどで旅行気分を満喫できるおすすめの観光地です。楽しみ方はいろいろあると思います。神奈川県最南端に位置し、一方は相模湾、三方を箱根・伊豆・熱海の山々に囲まれ、雄大な自然を満喫するのも良いでしょう。

しかも、その気候は一年を通して温暖なため、観光だけでなく静養を目的に訪れるのも楽しいと思います。

ところで、湯河原の歴史はいつごろから始まったかご存知ですか?

湯河原の始まりについては、かの有名な万葉集に湯河原の湯について読まれた歌があることからもわかるように、その歴史は飛鳥・奈良時代にまで遡ります。

そんな歴史ある湯河原のおすすめ観光名所と観光名所の楽しみ方について、鎌倉幕府の成立を左右したといわれる湯河原の豪族で武将でもあった土肥次郎実平(といじろうさねひら・實平とも記載)を中心に紹介したいと思います。

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湯河原おすすめ観光名所 その1「ししどの窟」

写真提供:湯河原町

時は平安時代にまで遡ります。平治の乱に敗れた源頼朝は伊豆に流されていました。治承14年(1180年)8月16日、源頼朝は北条時政と共に、恋敵でもあった伊豆国目代であった山本兼高を討ち取ります。それを皮切りに打倒平家の名のもとに兵を起こします。

数日後、湯河原の豪族で武将の土肥次郎実平の道案内で日金山を無事に越え、土肥郷(現在の湯河原)に着きます。そして二日の間鎌倉での戦いのために綿密な作戦を練り、鎌倉に向けて出発します。

しかし、鎌倉に向かう途中の石橋山で先陣が敵と戦ったのをきっかけに戦が始まります。源頼朝軍は敵に前後を阻まれ、敗れてしまいます。一度土肥に戻り、堀口の合戦にも敗れます。追手が迫りくる中、残った頼朝軍は頼朝を含めても、わずか7名がかろうじて生き残ったのです。

その7名の中に土肥次郎実平もいたのです。湯河原あたりまで、逃げてきた一行は、土地勘のある土肥次郎実平のお陰で、洞窟に身を隠し、追手をかわします。その洞窟が湯河原おすすめ観光名所のひとつ「ししどの窟」です。

ししどの窟

「ししど」とは、小鳥・巫女鳥のことです。源頼朝の一行が洞窟に入ろうとした時、小鳥が飛び立ったことから「ししどの窟」と呼ばれるようになったといわれています。

道路から少し下った山の中に「ししどの窟」があります。湧水が流れ、観音様などの石塔が苔むして立ち並んでいます。この山中に追手に追われ、息を殺しながら「ししどの窟」に潜んでいた頼朝一行になったつもりで、散策してみるのも楽しいと思います。気を付けてください。木の陰から追手が覗いていませんか…?

ししどの窟へは、湯河原駅から元箱根行バスに乗って約40分で、ししどの窟バス停に到着します。そこから歩いて10分で到着します。
湯河原観光協会ししどの窟

湯河原のおすすめ観光名所 その2城願寺

約八百年前(鎌倉時代)に一族が万年までも栄えるようにとの願いを込めて、土肥次郎実平が持仏堂を建立したことから始まったとされるお寺です。また、土肥次郎実平の菩提寺でもあります。鎌倉時代後期には五山十刹(ござんじっさつ)に次ぐ、諸山に指定されています。この地方では指折りの名寺でもあったのです。

五山十刹とは室町時代に寺院をランク付けしたもので、京都の南禅寺を別格とし、京都は相国寺・天竜寺・建仁寺・万寿寺・東福寺の五山と鎌倉の円覚寺・建長寺・浄智寺・寿福寺・浄妙寺の五山、次に京都・鎌倉のそれぞれに十刹、さらに諸山とされていたのです。

その名寺も一族の権力争いによって一族と共に衰退します。南北朝時代の土肥氏の末裔が再興するものの、土肥氏が失脚すると間もなく再び衰退してしまうのです。ところが戦国時代に角打ちの寺社を興していた小田原海蔵寺三星大州梵守が再再興し、今に至っています。

表参道を上った右手には土肥次郎実平が自ら植えたビャクシンが見事な大木となっています。このビャクシンの木は神奈川県内で一番大きく、樹齢も800年ほどになるといわれており、国の天然記念物に指定されています。

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成願寺境内にあるおすすめ観光名所 七騎堂

この七騎堂は源頼朝が石橋山の合戦で敗れたときに生き残った7人を頼朝七騎落と呼ぶことから、彼らの像を刻んで祀ったお堂です。謡曲「七騎落」には土肥次郎実平の頼朝への深すぎる忠誠心が謡われています。

石橋山の合戦で生き残った頼朝軍は実は8人だったというのです。8人目が土肥次郎実平の実の息子です。死に物狂いで生き残った8人が船で安房に向かう時のこと、土肥次郎実平は頼朝にこう命じられるのです。

「源氏にとって八騎は不吉な数だから、七騎にするように」そう命じられた土肥次郎実平は、ともにたたきぬいた己の息子を船から降ろすのです。武士として主君に見せたその忠義は、その身を引き裂くほどに辛かったことでしょう。ところが運の良いことに、船から降ろされた息子は味方の船に拾われ、九死に一生を得るのです。その生還を皆で酒盛りして喜んだという謡です。

一族の繁栄を願って建立した寺の境内に、自ら実の息子の命を差し出しても忠義を守らなければならない逸話のあるお堂が建立されている様は、戦国時代に生きる男の葛藤を表しているようではありませんか?

湯河原おすすめ観光名所 その3土肥一族の墓所(城願寺境内)

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城願寺の文殊堂と釣鐘堂の間を進み、数段の石段を上ったところにあるのが土肥一族の墓所です。数十坪ほどの墓所内に70弱の墓石が立ち並んでいます。この墓石には、宝篋印塔や五輪塔といった各種の墓石の型がそろっていることでも有名です。訪れた際には、参拝の後で、ゆったりと土肥次郎実平に思いを寄せてみるという楽しみ方はいかがですか?

城願寺へは、湯河原駅から徒歩10分程で行くことができます。参観料は無料です。訪れた際には、参拝の後で、、ゆったりと土肥次郎實平に思いを寄せて、楽しんでみてはいかがでしょうか…?
城願寺

湯河原のおすすめ観光名所 その4土肥城址

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成願寺より2㎞程、山を登ったところに土肥城址があります。平安時代末期に土肥次郎実平が自分の父親から土肥郷を与えられ居館を建てた址ではないかと言われています。ここで、2日間にわたって鎌倉を攻める作戦を練っていたのかもしれませんね。

その時の一連の働きが認められ、鎌倉幕府の重鎮となります。土肥次郎実平がいなければ、源頼朝さらには鎌倉幕府はどうなっていたのでしょうか?その後の歴史を左右した、重要な役割を果たした大人物であったのです。ところが彼の子孫は勢力争いを繰り返し、土肥の名前は表舞台から消えてしまうのです。

面白い謂れのある硯石

土肥城址に上る途中に硯石と呼ばれる表面が凹んだ奇岩があります。源頼朝が踵で思いっきり蹴ったところ、岩が欠けてしまったのです。その欠けた岩が硯のように見えることから硯石と呼ばれるようになったという伝説が残っています。

石橋山の合戦で負けたときに蹴ったのか、岩が欠けるほどとは、どれほど悔しかったのでしょうね。ちょっと、想像するとかわいらしい頼朝が浮かんでくる気がします。

土肥城址に立つと、相模湾と真鶴・房総・伊豆半島、さらには渡島や初島のすべてを眼下に見下ろすことができます。その眺めの素晴らしさは、湯河原の中でも特に有名です。その眺望のすばらしさを見ると湯河原一の豪族にふさわしいものだと思えるのではないでしょうか…?

土肥城址へは湯河原駅より元箱根行きバスに揺られて約40分ししどの窟バス停から徒歩30分程で行くことができます。ハイキングコースになっているので、歩きやすい靴で、お弁当を持って行ってみるのも楽しいと思います。
湯河原観光協会城山ハイキングコース

湯河原ノおすすめ観光名所 その5五所神社

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今から1300年ほど前の奈良時代、この地方が開拓されたときに土肥郷(吉浜・鍛冶屋・門川・堀ノ内・宮下・宮上)の総鎮守として天照大神以下五柱の神霊を祀ったことが始まりとされています。

境内には、町の天然記念物に指定されている樹齢約850年のご神木「明神の楠」があります。幹の一部がコンクリートで補強されていますが、なんとその中にお地蔵さまがいらっしゃいます。こちらの神社ではご神木に直接触れることができますので、ご神木のパワーをあなた自身の掌で感じ取ってみてください。

写真提供:湯河原町

またこの神社は、源頼朝や土肥次郎実平たちが明日は鎌倉に向けて出陣する前夜にそれは盛大な戦勝祈願の護摩焚きをした神社だと伝わっています。その時に土肥次郎実平は主君である源頼朝の戦勝を祈願して、自分の佩刀(はいとう)いわゆる腰刀を奉納したと伝えられています。

そんな歴史を左右する一大事を守った土肥次郎実平にはこの神社のご加護もあったのではと思います。そんなパワーを感じに訪れてみませんか?この五所神社には、湯河原駅から億湯河原不動滝行きのバスに揺られて、約5分五所神社バス停でで降りるとすぐです。こちらも拝観料はありません。

旅を楽しむためにはその土地を知ろう

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鎌倉幕府が成立したのは、ここ湯河原で起きた一連の出来事と湯河原の豪族で、武将であった土肥次郎実平の頼朝に対する忠誠心、さらには湯河原の総鎮守である五所神社のご加護があってこそ成し遂げられたといっても過言ではないように思います。

もし源頼朝の傍らに土肥次郎実平がいなかったら、「ししどの窟」にたどり着くことも出来なっかったとしたら、鎌倉幕府は成立したのでしょうか?そんな歴史を左右した出来事の名残を探しながら、湯河原おすすめの観光名所を巡る、そんな楽しみ方はいかがですか?


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