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イギリスの人口に関する基本情報と自国民の分類

イギリスの人口はここ十数年で急激な増加傾向にあるといわれています。そこで、なぜ人口が増加してきたのか、また、人口増加に対してイギリスはどのような対策を取っているのかを交えながらや年少人口割合・生産年齢人口割合・老年人口割合の区分に分けて、それぞれの理由と対策について、見ていきたいと思います。

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イギリスの人口に関係する指標と原因、対策

人口の推移と理由、対策

2016年現在、イギリスの人口は6500万人超となっています。1980年から1988年の9年間は5600万人台、1989年から1994年の6年間は5700万人台、1995年から2000年の5年間では5800万人台、2001年から2004年の4年間は5900万人台と緩やかな人口増加を辿ってきました。

そして2005年から2年ごとに急激に増加しています。出生率で見てみると2001年には1,64だったのに対し、2013年には1,91に急上昇を遂げているのです。これはEU加盟国の中の貧しい国からの移民がイギリスに流入したことによって人口が増えたことによるといわれています。

その結果、学校教育、公共交通機関、無料での病院受診などの社会保障の質が低下したのです。また、住宅問題や軽h犯罪など様々な問題が噴出してきているのです。そこで、イギリスはEU離脱を掲げ、2016年イギリスではEUを離脱するかどうかの国民投票を行いました。

結果は、皆さんもご存知の通り、わずかの差でEU離脱派勝ちました。今後どのようになっていくのか、各国の注目を集めています。

年少人口割合と理由、対策

年少人口とは0歳から14歳までの人口です。イギリスの年少人口の割合は、1980年に21,2%、2015年には17,7%へと減少しています。しかし、その減少割合は非常に緩やかで、日本に比べると減少していないといってよい程です。

これまでのイギリスは、EU加盟国の中の貧しい国から多くの移民の流入が起こり、その結果として移民の出生も増加しているといわれています。それがイギリスの年少人口割合を底上げしているのです。

EU加盟国間の移動の自由を認めており、イギリスがその流入を制限できないことが一つに挙げられると思います。移民が望むだけで、入国できる仕組みとなっているからです。移民がなぜあまたある国の中からイギリスを選ぶのでしょうか?

それは、「シュア・スタート・プログラム」や「チルドレンズセンター」などの子育て支援がた他国より充実しているからだと思われるのです。また、政策として出生前後のみならず、経済状況の改善に取り組んでいることが大きいと思われます。

イギリス国民の実ならず移民にとっても産み、育てることに対する余裕が生まれる政策が、急激な減少に歯止めをかけていると思われるのです。

生産年齢人口割合と理由、対策

生産年齢人口とは15歳から64歳までの人口です。イギリスの生産年齢人口割合は、1980年に63,9%、2015年には64,6%と、驚くことにほとんど変化がありません。人口推移を見ていく中で特に重要なのがこの生産年齢人口だといえます。

なぜなら、経済や労働環境問題に直結してくる部分だからです。割合だけを見ていくと生産年齢の人口は潤沢なように見えます。しかし、日本ほどに顕著ではありませんが、少しずつながらも確実にその人口割合は減少に向かっているのです。

そのため、女性の労働市場への参入や最低賃金が全国一律に制定されていたり、夫婦ともに有職者であるとメリットが与えられるなど政策を打ち出し生産年齢人口に当てはまる人々が余すところなく就労できるようになっているのです。

老年人口割合と理由、対策

老年人口とは65歳以上の人口のことです。1980年には14,9%、2015年には17,7%と緩やかな増加傾向にあることが分かります。イギリスは、第二次世界大戦後、早々に「ゆりかごから墓場まで」をスローガンに社会福祉政策にまい進してきた国です。

さらにキリスト教の友愛の精神が浸透しているのです。ですから、行く当てのない高齢者や障害のある方などを日本でいうところの地方税と教会の献金や寄付金によってコミュニティでケアしています。

国が医療や年金制度、自治体が福祉制度を提供する一方、就労・雇用の促進やて低所得者に対する重点的な財源配分を積極的に行っており、老年者であっても自立への手助けが充実しているのです。

イギリスの自国民の分類

イギリス(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国に属するイングランド人、ウェールズ人、スコットランド人、北アイルランド人、それらに加えて、海外領土の市民によって成り立っています。

2001年のイギリスの国民統計局の国税庁さデータを見るとその分類は、いわゆる白人(White)と言われているアングロ・サクソン系が92.1%、混血を含む非白人(Non-white)が7.9%となっています。

その内訳は混血(Mixed)1.2%、アジア系(Asian)4.0%内インド人1.8%、パキスタン人1.3%バングラデシュ人0.5%、その他のアジア系0.4%となっています。続いて黒人(Black)1.0%、アフリカ黒人0.8%、その他の黒人0.2%となっています。

さらに中国人(Chinese)0.4%、その他(Other)0.4%がイギリスにおける人種構成となっています。4か国イギリス人を分類するとイングランド人83.8%、次にスコットランド人の8.4%、続いてウェールズ人の4.9%、アイルランド人の2.9%、マン人0.1%未満となっています。イギリス本土にクラス人と、海外領土の市民についてみていきたいと思います。

イギリス市民

イギリス市民(British Citizen :GBR)とは、グレートブリテン及びアイルランドの4つの国の人を指しています。イギリスの国籍法により、イギリス国内でイギリス人の親から生まれた子供は「British Citizen Otherwise Than By Descent(祖父母や親から受け継いだものではなく、自らの権利で得たイギリス市民権)」と呼ばれ、純粋なイギリスの一級市民となります。

その人たちが、イギリス国内で子供を産むと、その子供もイギリス国籍を持つ一級市民となります。しかしところがイギリス国外で子供を産むと、その子供は「British Citizen By Descent(祖父母や親がイギリス国民だからイギリス市民権を得ることができた)」と呼ばれ、二級市民となり、イギリス国籍を持つことができなくなるのです。

ですが、もちろん例外もあります。例えば、外務省をはじめとする各省庁のBritish Council(ブリティッシュ・カウンシル)の職員や海外駐屯中のイギリス軍に所属する軍人などの国家公務員トそれに準じる職業の人の子どもは、どこで生まれても一級市民となり、イギリス国籍を取得できることになっています。

そして、出生前であれば、イギリス国内で産むことで一級市民になれるほか、生まれた後に3年以上継続(1年間に270日はイギリス国内にいること)してイギリスに住むと申請することによってい休市民になることができるのです。

イギリス海外領土市民

イギリスの海外領土市民(British Dependent (Overseas) Territories Citizen:GBD)とは、グレートブリテン島(イングランド・ウェールズ・スコットランド)と北アイルランドの地以外で、イギリスの政治的権限が及ぶ領域に住む人々を指します。

いわゆる植民地にされている地域です。これらの多くは第二次世界大戦後に独立したり、香港は返還されました。現在でも独立せずに残っているところは「属領」と呼ばれています。

その中でも、イギリスに任命された総督・高等弁務官・弁務官が統治しているのは「イギリス領インド洋地域」「サウスジョージア・サウスサンドウィッチ諸島」「イギリス領南極地域」があります。

次に住民代表の立法議会があり、イギリスに任命された総督が行政府長となっている「ケイマン諸島」「フォークランド諸島」「セントヘレナ」「ビトケアン諸島」があります。

さらに民選議会の多数政党の党首を行政府長としてイギリスに任命されて総督のいる「アンギラ」「モントセラト」「タークス・カイコス諸島「イギリス領ヴァージン諸島」「ジブラルタル」があります。

最後に実質上イギリスと大差のない「バミューダ諸島」がイギリスの海外領土となっているのです。

イギリス海外市民

イギリスの海外市民(British Overseas Citizen :GBO)については、その年代ごとに扱いが異なります。まずは、第二次世界大戦後、インドなどの旧植民地が独立した後の1948年英国国籍法(British Nationality Act)が制定されます。

イギリスの居住権と労働権が与えられます。その後1945年に独立した西インド諸島・インド・パキスタンから大量の労働力としてイギリス本土に流入してきました。しかし、彼らとイギリス国民の間で軋轢が生じ人種暴動が勃発してしまいます。

それが契機となり、1962年に英連邦移民法(Commonwealth Immigrants Act)が成立しました。労働許可制度により、旧植民地出身でも審査を通らないことには、入国できなくなってしまいました。

その後整理された移民法(Immigration Act)により、「居住権の有無による移民の区別」が設けられ、本人かいづれかの親がイギリス本土生まれである者に限って、居住権が付与されることになりました。

しかし、この制度の穴を利用し、家族を呼び寄せる者が増えたことから、1981年英国国籍法(British Nationality Act)によって両親がイギリス本土生まれであることを除いて、たとえ本人がイギリス生まれであっても自動的には付与されないことになりました。

これらの細かな決まりがある旧植民地国の西インド諸島・インド・パキスタンの人々を海外市民というのです。

イギリス臣民

イギリス臣民(British Protected Person :GDP)とは、 北部以外のアイルランドやジブラルタルなどGBDやGBOとは別の経緯のある地域の住民で一定要件に該当する者のことで、イギリス海外市民以外の海外市民のことを言います。

英連邦移民法によって、市民権保有者を受け入れてきたイギリスは、宗主国の特権と義務だったのです。1948年制定の国籍法によって移民(コモンウェルス)市民には、英国臣民として自動的に居住・労働の権利が与えられていました。

多くのコモンウェには労働組合への正式加入も認めず、劣悪な労働環境の下で従事していたのです。そして、人種暴動が発生し、政府は1962年に英連邦移民法(Commonwealth Immigrations Act)を導入しました。

それは、新英連邦諸国から流れてきた移民を入国審査の対象とし、労働許可証制度を設け)ました。1971年に制定された第二次移民法は、イギリス本土で生まれた者や本土で生まれた親をもつ者にだけ「在住権(right of abode)」を与えるという「パトリアル(partial)」を導入したのです。

1981年に制定された国籍法では、イギリス国内で生まれた移民の子は市民権が与えられないことになったのです。

イギリス国民(海外)

イギリス国民(海外):GBN(British National (Overswas))「BN」や「BNO」といわれています。イギリス国籍で、香港の住民権を持つ人のことを指します。19世紀終盤、イギリスの租借地として約100年もの間条約を結んでいました。

それが1997年に香港がイギリスから中国へと返還されました。その時中華民族に属する人たちには自動的に中国籍が与えられることになりました。約100年もの間、イギリス統治下にあったことから、香港の人たちにイギリスの市民権が与えられていたのです。

中国に返還されましたが、イギリス国籍は返還しなくてもよく、手続きをしなかった人は中国国籍とイギリスの国籍の2つの国籍を持つことになったのです。中国の国内法では二重国籍は認められていません。

香港については例外的措置が認められているため、現在でもイギリス国籍のを持つイギリス海外市民が多数存在しているのです。彼らは香港にいるときには中国人、海外を旅行するときにはイギリス人として扱われます。

イギリスのパスポートのほうが便利だと考える人は多く、今なおパスポートの更新をする人がいるのです。

イギリス保護民

イギリス保護民(British Protected Person:GBP)とは、イギリスがその国に代わって、特に外交を行う国に住まう人々を指しています。保護される被保護国は条約に定められた部分でのみ拘束されています。

その点以外では、お互いが独立した関係にある部分が植民地などとは異なります。また、対象となる地域に国家がない場合は「保護領」と言われています。

イギリスの保護国は、エジプト王国・ネパール王国・トンガ王国・イギリス領東アフリカ・オイルリバーズ保護国・ラゴス保護国・ニジェール海岸保護国・南部ナイジェリア保護領・ザンジバル王国・ソロモン諸島・トロ王国( 現在はウガンダの県となっている。)等に住む人々がイギリス保護民とされます。

まとめ

以上のように、長い歴史を持ち、戦争などによって同じ国籍を持ちながらも、階級のように6つに分類されているイギリスですが、EU離脱が決まり、今後どのようになっていくのか、その動向が気になるところです。

今回、イギリスの人口都イギリス国民について、簡単にご紹介しました。まだまだ、紹介しきれていない部分もあるので、これを機会に突き詰めて行くのも面白いかもしれませんよ。


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