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サンピエトロ広場の魅力と観光の見どころ

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サンピエトロ広場といえば、世界最小の国として有名なバチカン市国南東端に位置する、カトリックの総本山として名高いサンピエトロ大聖堂の正面にある楕円形の広場です。

カトリックの信者のみならず、毎日たくさんの観光客で賑わうこの広場であり、バチカンの玄関口と言っても良いでしょう。全世界に何億人もいるカトリック信者達の憧れの地であるバチカンとサンピエトロ広場。その伝統と芸術に裏づけされた美しさを知れば、世界最小の国がやけに大きく見えてきますよ。

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サンピエトロ広場の魅力

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「本当にこれが世界一小さな国なのか。」そう観光客に思わせるほど広場は大きいです。それはもちろん面積的な物理的大きさも指しますが、それよりも、さまざまな国籍の人々が観光している事も要因です。

世界一小さな国は世界一大きな国だった!そんな矛盾する事を言えちゃうというのがこの広場の最大の魅力です。

1.バチカン市国南東端にある楕円形の広場

多数の観光客が行きかう、楕円形の広場。その中心には高い柱があり、大聖堂からは使徒の像達が見下ろします。まるで世界が一変したような気分になります。キリスト教徒じゃない方でも、この世界観には感動を覚えるのではないでしょうか。

サンピエトロ大広場は1656年~1667年に建設されたと言われています。その大きさはなんと幅240メートル、面積にすると、15,000㎡にも及びます。

バチカン市国の総面積が23,000㎡でありますから、広場の面積だけでバチカン市国全面積の65パーセントを占めるわけです。これだけでどれだけ広いかというのはよく分かると思います。

2.バロックの巨匠ベルーニの設計

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そんな広場を設計した人物はジャン・ロレンツォ・ベルニーニです。彼は1598年12月7日に生まれ、バロックの時期を代表する芸術家です。そんな彼ですが、「ベルニーニはローマのたえに生まれ、ローマはベルニーニのためにつくられた」と賞賛されるほど、ローマおよびバチカンと密接な関係を持っています。

ベルニーニは建設の際、古代ローマの闘技場コロッセオから発想を得たと言われています。コロッセオでの熱狂と興奮が入り混じった感情をサンピエトロ広場で顕現させようとしたのです。同時に、母に抱きしめられるような優しさも表現しました。

そんなベルニーニが何よりも大事にしたいと思った事があります。それは、世界中からサンピエトロ広場に集まってくる信者達です。人々が宗教や神を必要とするのは、人々が苦しんでいる時です。ベルニーニはそんな苦しむ信者達のための建設をしようとしたのです。

それを実現させるため、ベルニーニは広場だけでなく、そこに至るまでの道中、つまり、広場よりも外に位置するローマの町にも仕掛けを施したのです。広場に向かう信者達はまず、サンタンジェロ橋を渡らなければなりません。

ここには10体の天使が信者達を迎え入れる形になっており、ここを経由しながら自分の苦しみとイエス・キリストの受難を重ね合わせるのです。それを越えると広場が目の前に広がります。自らの苦しみ、キリストの受難を重い、閉塞的になっていた信者達の心はここで開放された事でしょう。

まさにこの広場は救いを求めてやってくる信者達の感動と安らぎ、そして主なるイエス・キリストと苦しみや悲しみを共にする場になり得ました。

3.ドーリア式円柱による4列の柱廊

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サンピエトロ広場、そしてベルニーニの建設において、まず目につくのはドーリア式円柱による4列の柱廊でしょう。広場をぐるりと囲むように設計された柱廊はすべて大理石によって作られており、太陽光を反射して白く輝く柱は原始的な美しさそのものと言えるでしょう。

その柱の数はなんと284本!そして、この柱廊の上には、歴代の教皇や賞賛された聖人の像が飾られ、広場を見下ろします。その数140体!一々数の多さにはびっくりしますね。

ちなみに、この柱廊はベルニーニの工夫から生まれたものなのです。サンピエトロ大聖堂には鐘塔がないのです。元々建てる計画はあったようですが、最終的には諸事情によって放棄を余儀なくされました。
そのせいで、カトリックの総本山でありながら、貧弱な格好になってしまったのです。そこでベルニーニが考えたのがこの柱廊。大聖堂の左右に柱廊をつくり、その高さを低くし、本堂である大聖堂を相対的に見て大きくなるように設計したのです。その設計は見事に大当たり。カトリックの総本山らしい威厳が生まれました。

サンピエトロ広場の観光の見どころ

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それでは、実際にサンピエトロ広場に観光しましょう。広いだけで感動するなんて勿体ないと思うくらい見所はたくさんあります。ここで説明しているところだけではなく、自分オリジナルの見所を探してみるのも面白いかもしれませんね!

1.オベリスク

オベリスクとは、サンピエトロ広場の中心に位置する高い塔のことです。元々、オベリスクは古代エジプト期に製作されたものです。いわゆる、記念碑の一種であったようです。

バチカンのオベリスクは「Obelisco Vaticano」という名前です。由来や建設についてはよく分かっていないようですが、紀元前37年にエジプトからバチカンに運ばれたというとんでもない説もあるみたいです。

そして、そこから1,000年くらいの時を経て、大聖堂の前に移されたみたいです。このオベリスクの特徴はなんといっても塔の天辺にある十字架。イエス・キリストの受難を象徴しているとも言われています。写真を撮る際は、東側から取りましょう。

そうすることによって、大聖堂がちょうど後ろ側にくるように撮れます。観光客がたくさんいるため、人が入らないロケーションで撮るのはまず不可能でしょう。残念ながら、諦めましょう。

2.噴水

マデルノ噴水と呼ばれる美しい噴水は広場をより一層映えさせるのに役立っています。名前の通り、噴水の設計者の名前はカルロ・マデルノです。1556年に生まれたイタリア系スイス人の建築家で、バロック建築の先駆者としても名高いです。

元々、大理石採石場で働いた経験があるためか、彫刻家的な技術を身につけていたことが彼を設計者とする大きな由縁になったようです。

噴水は広場の左右ちょうど対称の位置に二基取り付けてあります。二段の噴水から流れる水の動きとその音は見る人々に安らぎを与えてくれるのではないでしょうか。

それにしても、欧米人というのは左右対称を好むようですね。実は、このマデルノ噴水は最初、一基だけであったようです。その場所も今とは違い、広場の中央にありました。

しかし、ある時、広場の中心には先に説明したオベリスクを建てることになり、マデルノ噴水は中央から追いやられたのです。そこで、広場の左右対称を保つために、わざわざもう一基まったく同じ形の噴水を作り、オベリスクの左右に配置したという小話もあります。

3.柱廊の中心ベルニーニポイント

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ベルニーニがもっともこだわった部分じゃないかと思う場所がベルニーニポイントではないでしょうか。柱廊は一本の柱が左右に並び、広場を取り囲んでいるのではなく、奥行きがあり、数本の柱が列を成して並んでいるのです。

普通ですと、奥にある柱が見え隠れします。しかし、このベルニーニポイントに立つと、あら不思議。そこから見える景色には驚愕を覚えます。なんと、奥にある柱が見えなくなり、一本の柱になってしまうのです。聖堂の外が良く見え、開放感は抜群です。

この様式というのもベルニーニのこだわりポイントの一つです。普段であるならば、たくさんの柱に囲まれ、信者達に対する危害から閉じて守るというイメージがありますが、ベルニーニポイントに立つと逆に、今、自分たちが受けている救いを世界中の信者にももたらそうというイメージを作り上げたのです。

一つの建築に二つのイメージを持たせることのできるベルニーニはまさに天才であるといわざるを得ないでしょう。

4.スイス人衛兵

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バチカン市国で一際目立つのはスイス人傭兵ではないでしょうか。とっても雅というべきか、奇抜というべきか微妙な軍服を身にまとい、バチカン市国を警備します。バチカンを警備するようになったのはなんと1505年。とっても旧い時代からバチカンと教皇を守り続けてきたのです。実際に歴史の中で戦争に参加したこともあり、戦死者も出ています。

しかし、それも昔の話で、今は儀仗兵としての役割が主な任務となりました。(それでも、催涙スプレーや小型の拳銃を携帯しているなど、最小限の火器は装備しているようです。)
ちなみに、その採用基準はとても興味深い項目があります。

慎重は1.74メートル以上であることがその一つで、やはり、カトリックの総本山を守る兵隊さんには視覚的な威厳が大事だということでしょうか。また、スポーツ能力と人品が良好であることも採用基準です。まさに文武両道でなければならないということですね。

その職務は儀仗と警察です。その任務対象はもちろん、ローマ教皇。それだけに留まらず、教皇の住居、バチカン市国の城門の警備、そして、コンクラーヴェと呼ばれる次期教皇を決める選挙中の枢機卿団も彼らによって守られます。

伝統として、剣や長斧の訓練を受けており、その派手な制服はルネサンス風のデザインで、1914年に制定されたものであるらしいです。

ちなみに、ほとんどの兵隊さんがイケメンであるらしいので、女性の観光客は必見だと思いますよ!

5.天使の門

サンピエトロ大聖堂の城壁沿いの道を10数分間歩くと、そこに見えるのは「天使の門」と言われる大きな門があります。ここが一応、バチカン市国とイタリアの国境にあたります。

しかし、パスポートは不要!入国手続きはなく、ただ通過するだけです。しかし、自転車に乗っての通過はできないようですので、もしも自転車に乗っている場合は自転車を停めてから入国するようにしましょう。

外から見ると、城壁に囲まれ、閉塞的に見えるバチカン市国ですが、この門をくぐったとたんに視界が晴れ渡ります。眼前に広がる開放感あふれる広場を見たときの感動は忘れられないものとなるでしょう。

6.ネロの円形競技場

古代ローマ帝国皇帝ネロによって着手着工された円形闘技場はイタリア市内にあります。ちなみに完成したのはネロの死後、ヴェスパシアヌス帝の時代です。

直径は149m、周囲527m、高さは48mとなります。この円形競技場の名前はコロッセオと呼ばれ、その意味は「巨大な物」という意味です。名前負けしない文字通り巨大です。こんな建造物を2000年前の人々が作ったと思うと、驚きを禁じえず、

また、2000年間倒壊することなくこの地に立っているという事実にもまた、感動を覚えますね。

その収容人数は50,000人に上ります、東京ドームの収容人数とほぼ互角です。そんな闘技場では剣闘士同士の、もしくは剣闘士とライオンといったような猛獣との死闘が繰り広げられました。剣闘士同士の戦いで敗れた剣闘士の命は皇帝によって決められます。

皇帝が敗者を称え、生かす事も、みっともない負け方をして殺す事もできたようです。しかし、その決定は少なからず市民の要求に沿ったものであったといいます。まさに、コロッセオは熱気と興奮の場でありながら、為政者と民を繋ぐ場所であったとも言えるでしょう。

面白いことに、コロッセオ周辺には剣闘士のコスプレをしている人たちがいます。彼らと一緒に写真を撮ることもできますが、有料ですので、注意が必要です。これはコロッセオに限った話ではなく、海外で見知らぬコスプレイヤーと写真を撮るときはチップが必要であると考えたほうがよいでしょう。

しかし、良い思いでにもなるので、多少のチップははずんでみても良いかもしれませんね。

2000年の歴史を誇るコロッセオは夜、ライトアップされます。まるで、2000年前にそこにあった人々の熱気が時を越えて現代に来たみたいです。そっと耳をすましてみると、当時の歓声や熱気が聞こえてくるみたいですね。

まとめ

バチカン市国は世界一小さな国といいます。確かに、その面積は世界最小ではありますが、そこに存在する芸術、人々、そして歴史は世界中どこに行っても類を見ないものです。世界最小の国がこんなにも大きな存在だったという事実はバチカンに行き、初めて得られる感想であると思います。

カトリックの総本山であるバチカン市国とサンピエトロ広場はたとえカトリックの信者でなくとも大歓迎です。異文化に触れることは今後、グローバル社会に突き進む日本人にとても非常に大事なことであると思います。
さぁ、思い立ったらバチカンへ!


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