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札幌のコンサートホール「キタラ」の魅力と楽しみ方

札幌の観光スポットの一つにコンサートホールの「キタラ」があります。美しい自然と一緒に、札幌で芸術を堪能してみてはいかがでしょうか?

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キタラの歴史

紀元前、古代ギリシャや、その植民地の諸都市に、オディオンと言われる建物が造られていました。そこでは、弦楽器のキタラや縦笛アウロスなどが奏でられ、またキタラの伴奏による歌唱や朗唱、修辞的な言葉のやり取りを競いあう競技が行われていました。

今日でも小アジアあたりを旅行すると自然の中に昔ながらのままの劇場が残されているのを見ることができます。この種の劇場は、座席が舞台を取り囲むような扇形をしており、そこにおいては演劇とともに音楽を職業とする人々が朗々と詩を歌い上げ、キタラを奏で人々を魅了していました。

聴衆は一般市民ばかりではなく、各地からこれを聴くために旅をしてくるものもいました。紀元前数十年頃の名著「ウィトルーウィス建築書」を見ると、次のような内容の記載が目につきます。

「毎年ローマには公共の劇場が建てられるが、それらは板張りとなっており、それが音をよく響かせる機能を持っていた。それをキタラの奏者が上手に利用し、木の扉に身を寄せたり離れたりしながら、たくみに響きを演出した」ということです。

北海道のキタラの歴史

1997年7月に誕生したコンサートホール「キタラ」は、このような見方からするとホールが持つべき歴史的要件を初めから持ち合わせていたということができます。

もちろん、指名コンペで選ばれた北海道開発コンサルタントや、音響設計を担当した水田音響の卓越した経験と技術が評価を高めたと言えますが、日本ではまだ少ないアリーナ型を選んだのも、かなり思い切ったことでした。

キタラを一度でも訪れたことのある演奏者たちの多くがこのホールがもっている優れた響きを絶賛するに及んで、評価は瞬く間に世界に伝わっていきました。ベルリン・ドイツ交響楽団とともに訪れた指揮者のケント・ナガノ氏は「素晴らしいホールに興奮した。響きはもちろん、建物の中に音楽の魂が宿っている」と述べました。

また、ロサンゼルス・フィルハーモニーの音楽監督サロネン氏も、「キタラの響きは明晰で温かい」と称賛しました。この評価に代表されるように、キタラの名前はまず演奏者たちによって世界に伝えられることになりました。

それと同時に市民の様々な働きかけがとても重要なものとなっています。この優れたホールを生んだ様々な人々の動きがあり市民運動の形で行政を動かしていった事実はキタラ成立のための最も重要なプロセスと言えます。

加えて札幌で根強い活動を続けてきた札幌交響楽団の存在と、この地を軸に展開されていたPMFの国際教育音楽祭が、きたら完成後のソフト面を支える重要な柱となりました。

キタラとパイプオルガン

このキタラにパイプオルガンを備えるべきがいなかについては、議論がありました。というのも、日本に次々と建てられていったホールにパイプオルガンが備え付けられていたもののその多くが演奏頻度の低さに悩んでいたからです。

でも、キタラのパイプオルガン導入の経過も、市民の中から沸き起こった運動により慎重な調査を重ねた結果、可能となりました。

そして専門家を交えて各地のオルガンを聴き比べた結果、音色としてアルザス生まれのケルン社のオルガンが選ばれ、オルガン選定委員の専門家たちによる機構上の提案が、その機能に磨きをかけていきました。

元々オルガンは、地中海東部で生まれ、イスタンブールに建っているオベリスクの台座にもその姿が刻まれていますが、さまざまな長い歴史的経過を経た後にこのアルザスの地で理想的な演奏楽器として完成されました。

1909年の国産音楽会においてアルベルト・シュヴァイツァーの指導のもと、国際オルガン製作規格が発表されました。それがきっかけとなってアルザスがオルガン改革運動の指導的地域となりました。この運動は、技術的な新しさを求める機械と化してしまったオルガンから、楽器としての美しい音色を取り戻すための運動でした。この事実からケルン社のオルガンがキタラに設置されたことに、不思議な歴史的巡り合わせを感じます。

キタラの独自性

キタラの独自性はまずその高い国際性にあります。90年にスタートしたPMFのメイン会場であることに始まり、シンボルであるケルン社製オルガンを通じたフランス・ストラスブールとの多角的な交流、そして海外の若手オルガニストを受け入れる専属オルガニスト制作は、キタラが常に世界に向かって大きく腕を広げる国際拠点であることを示しています。

特に専属オルガニスト制度はフランスのオルガン製作者とコミュニケーションのとれる、伸び盛りの若い人をという館長の意思も受け入れられ実現したもので、1998年9月初代オルガニストにパリ国立高等音楽院に学ぶパスカル・マルソー氏が着任しました。以来、一年間の任期で、いずれもパリ国立高等音楽院に学んだ経験を持つイヴ・ラファルグ氏、そしてファッサン・ラスロ氏が来札、オルガンと市民との橋渡し役を果たしています。

札幌市の芸術を鑑賞できるスポットとしておすすめです。


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