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滋賀県園城寺の魅力と歴史、観光スポット

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長等山園城寺は天台寺門宗の総本山で、通称は三井寺とよばれています。平安時代の中興の祖、第5代天台座主・智証大師円珍の時に発展し、南都(東大寺・興福寺)北峰(比叡山・園城寺)の一翼を担う大寺となりましたが、円珍死後の天台宗は山門(比叡山)と寺門(三井寺)に二分され、対立抗争を繰り返し、両門抗争による焼き打ちや、また、戦火も加わり、13世紀半ばまでで堂塔の焼亡は大小十数度に及びますがその都度再建され復興を遂げました。

創建は672年飛鳥時代で寺伝によれば686年に天武天皇より園城寺の勅願を賜り大友氏の氏寺とされたとあります。通称の三井寺は、天智、天武、持統の三帝の産湯に用いられた霊泉「御井」に由来するといわれています。

本記事では園城寺の魅力や歴史、周辺の観光スポットについてご紹介していきます。園城寺への観光を予定されている方は、是非本記事をお読みいただき、観光をより楽しくする事前知識を仕入れてください。

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園城寺の構造

京都京阪三井寺駅を降り駅を背に右手側の琵琶湖疏水沿いの道を山側へ歩いて行き、北国橋を右に渡って直進、次の交差点を左折すると300mほど先に仁王門が見えます。室町時代1452年の創建で、三間一戸楼門、入母屋造、檜皮葺です。記録では天台宗の古刹常楽寺(湖南石部街)の門で、後に秀吉により伏見に移され、1601年家康によって現在地に建てられたといいます。

静謐な境内には、一切経蔵や智証大師の廟所である唐院、三重塔等重要文化財の建物が多く、その中でも一番の見所は金堂(本堂・国宝)です。慶長4年(1599年)に北政所により再建されたもので、桃山建築の代表作の一つです。正面7間、側面7間の一重、入母屋造、向拝一間で檜皮葺の優美でかつ堂々とした佇まいに圧倒されます。本尊弥勒菩薩が安置されています。内部は外陣・中陣・後陣に分かれ、中陣は中心となる内陣の両側に脇陣を設けていて、内陣以外は全て板敷であるのに対し、内陣は土間のままとしており、伝統的な天台系本堂の形式をよく伝えています。

三井寺の由来とされる三井の霊泉・閼伽井屋は、金堂西側奥に金堂と接して建っています。閼伽井屋の内部に井泉が湧いています。

近江八景「三井の晩鐘」

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金堂の南東にある鐘楼の大きな梵鐘は、近江八景「三井の晩鐘」として有名です。桃山時代1602年に建てられた正面一間、側面二間、切妻造、檜皮葺で、周囲に腰板を廻らし、上部に連子をはめています。

三井の晩鐘には悲しい話が伝わっています。一人暮らしの漁師の所にある春の夕べにどこからともなく美しい娘がやってきて一緒に住むようになり、甲斐甲斐しく働くので2人は夫婦になりました。やがて子供が生れますがある日娘が実は自分は琵琶湖の龍神の化身で、神様にお願いして人間にしてもらったが、もう湖に帰らなければならないと言って、止める夫の言葉も振りすてて湖に帰ってしまいました。残された子は母親を恋しがるので、音は昼は近隣で貰い乳をし、夜は浜に出て妻を呼び三日に一晩の約束で乳を飲ませていました。

まもなく龍の世界の掟が厳しくなり乳を与えることが出来なくなったからこれをしゃぶらせるようにと妻は右の目を差し出し姿をみせなくなりました。子供はそれを舐めつくしてしまうと又激しく泣くので、夫はまた浜にでて妻を呼びます。すると今度は左目を差し出しますが、盲目になってしまった妻は方角もわからず、家族の無事な姿も見ることが出来なくなってしまったので、夫に三井寺の鐘をついて、二人が達者でいることを知らせてくれるように頼みました。夫は毎日鐘を撞き、湖に音を響かせて妻を安心させたというお話です。

鐘の原型

また、この梵鐘の原型となったのが、霊鐘堂に据えられている通称「弁慶の引摺鐘」で、中世の山門寺門の争いを象徴する梵鐘です。山門との争いで弁慶が奪って比叡山に引きずり上げて撞くと「イノー、イノー」と響くのでそんなに三井寺へ帰りたいのかと鐘を谷底へ投げ捨てた、その時のものとされる傷痕や破目等が残っています。ちなみに、門前の土産物屋で鐘の形の御守りが売られています。

園城寺の唐院

唐院は智証大師円珍が858年、入唐求法によって請来した経典や法具を、868年に内裏の仁寿殿を下賜されてそこに納め、伝法潅頂の道場としたことに始まります。大師の廟所として最も神聖な場所です。大師堂には、二体の智証大師像(秘仏・国宝)と黄不動尊立像(秘仏)の三体が安置されています。参道より一段高く塀に囲まれています。

唐院の横を通り、村雲橋をわたっていくと微妙寺です。三井寺の五別所の一つで御本尊は十一面観音菩薩(平安初期・重文)で、現在は湖国十一面観音霊場の一番札所となっています。

観音堂

毘沙門堂の先、右手に札所の観音堂へと至る石段があります。当初観音堂は長等山の山上にありましたが1481年に現在地に移りました。現在の建物は元禄2年(1689年)の再建で、二層の大屋根の建物です。礼堂は正面9間、側面5間、入母屋造、本瓦葺で、正堂は正面三間、側面二間、入母屋造、檜皮葺になっています。西国33札所の第14番で庶民的な雰囲気が漂う札所です。本尊は内陣に祀られている如意輪観世音菩薩坐像で、33年毎に開扉される秘仏です。観音堂を中心に諸堂が並び札所伽藍を構成しています。ここからは美しい琵琶湖が眺望できます。

まとめ

いかがでしたでしょうか?滋賀県園城寺には魅力的な歴史と豊富な観光スポットがあります。園城寺を観光される際には、是非晩鐘の逸話を思いに馳せながら見てみてください。


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