Home / 国内旅行 / 熱海 / 熱海の「お宮の松」像を楽しむための事前知識

熱海の「お宮の松」像を楽しむための事前知識

お宮の松は、国道135号下り線沿いにある松で、そばには、明治時代の有名な小説「金色夜叉」一場面を現した貫一お宮の像がたっています。「金色夜叉」は、明治30年から明治35年まで断続的に読売新聞等に連載された金権主義と恋愛をテーマにした大衆小説です。

主人公の貫一は父親に恩を感じている鴫沢の家で育てられ、その娘お宮とは許婚の間柄でしたが、結婚間際になってお宮が富豪の富山と結婚することになります。

訳を問いただしますがお宮ははっきりとした理由は言わず怒った貫一が、お宮を足蹴にして立ち去るという場面が熱海海岸であったことからこの像が作られました。小説の作者は、尾崎紅葉で幸田露伴と並び明治の文壇の重鎮であり、泉鏡花、田山花袋等の門下生がいます。

スポンサードリンク

金色夜叉と熱海

金色夜叉の舞台に熱海海岸が選ばれたことについては、熱海の歴史を知ると納得がいきます。

熱海は、山と海に囲まれた風光明媚な土地で温泉で有名です。熱海温泉の起源は8世紀中頃、箱根権現の万巻上人が、海中に湧く熱湯によって魚類が焼け死、甚大な被害を被っていた漁民たちを助けようと祈願によって泉脈を海中から山里へ移したと伝承されていて、移したその傍らに祀ったのが現在の湯前神社と言われています。

江戸時代には徳川家康も訪れた温泉地として有名で、諸大名も多く訪れ、幕末には、外国人も訪れる有名な湯治場として発展しました。明治21年に御用邸が竣工すると、政治家や実業家、軍人や文学者等の別荘が急増します。

明治29年には人車鉄道が開通しますが、金色夜叉が書かれた時はまさにこの時代で、熱海は、東京から近く風光明媚の保養地として有名であって舞台には最適でした。

また、逆にこの「金色夜叉」により熱海は一躍脚光を浴び、明治40年の軽便鉄道の開通とも相まって、観光は急速に上昇発展し観光都市へと発展していくことになります。

金色夜叉のストーリー

また、主人公の貫一は高等中学校の学生ですが、高等中学校は明治19年に制度化された学制で、全国を五つに分けて各区ごとに一校を設置し、経費は原則国庫から支弁、卒業後は農工商その他各種の実務についてこれを指導する中流以上の人々を教育する機関とされていますが、実際は実務教育よりも帝国大学へ入るための基礎教育機関としての性質の方が強いものでした。

貫一お宮像は下駄をはいていますが、当初の挿絵は靴を履いて、当時、熱海温泉での保養や靴を履いている高等中学校の学生ということから、鴫沢の家も貫一も中流以上の生活であったことがわかります。

お宮が富豪の富山と結婚を決めた際、貫一に宮との結婚をあきらめてもらう代わりに「洋行」が用意され、そのことを鴫沢から聞かされた貫一は、「妻を売りて博士を買う!これはあに穢れたるの最も大なるものにあらずや」といきり立ち、熱海で静養しているお宮に会いにいくわけですがここにも当時の世相が見られます。

洋行とは欧米へ渡航、留学することで、進んだ文化を学んで帰国した後にはそれなりに地位も約束されていましたが、それに係る金額も日数も大変多くを必要としました。

文明開化もだいぶ進んだ世の中は、何でも金に換算する、そのような人物がか活躍する時代を迎えていたのであり、それを穢れたと断言することで読者の拍手喝さいを受けることになりました。

お宮の松の場所

お宮の松とこの像が建っている場所は、お宮緑地と呼ばれる場所で、国道135号線と熱海サンビーチに挟まれた細長い緑地帯です。

ジャカランダの木が植樹されており、そばのサンビーチは夏季には多くの海水浴客で賑わい、国内で初めて砂浜をライトアップした所であり、花火大会でも有名です。

ジャカランダは平成2年7月にポルトガルのカスカイス市と姉妹都市提携を記念して植樹されました。サンビーチは人工の浜ですが、この人工の浜を造るのにも熱海ならではの理由がありました。

熱海の地理情報

熱海は、西部に連なる富士箱根伊豆連山から相模湾に幾筋も伸びている尾根の谷間の扇状地に市街地が形成されているという地形的な特徴があり、そのため急な坂道が多く町と海が近い距離にあります。

昭和25年熱海大火の後に海の埋め立てが進み、新しく町が作られ、また自動車の増加など社会状況を反映してさらに海を埋め立てて市街地を形成することで、熱海の発展は支えられてきた一面がありますが、景色のよい熱海の魅力を求め、海岸をのぞむ場所には、高層マンションの建設が進んでいく中で、将来を見据えたまちづくりが必要と、まちづくり条例を制定して山と海の景色を護るための取組を進めました。

その中でサンビーチや親水護岸工事が行われ町と海が近いという熱海の特性を活かした、歩いて楽しい温泉保養地が実現しました。

まとめ

貫一お宮の像は、熱海を代表する観光スポットで、その傍らにあるお宮の松は二代目です。元は羽衣の松と呼ばれていましたが、尾崎紅葉の弟子、小栗風葉が金色夜叉の句碑をたてたことで昭和9年頃からこう呼ばれるようになりました。

土壌改良及び排水工事等が完了して、平成13年3月に現状の姿になりました。


スポンサーリンク

Check Also

熱海旅行に行くなら食べたい熱海名物5選

熱海と言えば温泉や、近くの漁港 …