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教王護国寺(東寺)の観光のポイントと魅力

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京都の東寺、正式名は真言宗総本山教王護国寺は九条大宮の角に位置しており、五重塔は名神高速道路から京都に入る時や新幹線の車窓からも見ることが出来、京都のシンボルとして親しまれています。

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教王護国寺とは

延暦13年(794年)垣武天皇は平安京へと遷都を行い、796年に都の南端の羅城門の東西にそれぞれ大寺を置きました。西寺はなくなりましたが、東寺はもとの場所にそのまま残り、現在は一級の史蹟として平成6年12月に世界文化遺産に登録されています。

東寺の本格的活動は弘法大師空海の造営の後からで、伽藍は、南大門を入って、金堂、講堂、少し離れて食堂が一直線におかれ、左右に五重塔と潅頂院が配置されています。塀で区別された境内はそのまま曼荼羅であり、密教浄土であるとされています。空海は、自らの修業の場として高野山を開き、そこで得られた智慧を利他行として東寺で実践しました。

教王護国寺の歴史

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金堂は東寺一山の本堂で延暦15年(796年)創建と伝えられますが、1486年に焼失し、豊臣秀頼の発願により片桐且元を奉行として1603年に竣工されました。天竺様の構造で豪放雄大な気風のみなぎる桃山時代の代表的建築です。金堂の御本尊は薬師如来坐像と日光菩薩像、月光菩薩像で、光背には7体の化仏を配して7仏薬師を表わし、台座の周囲には十二神将を配置しています。三体の尊像は桃山時代の大仏師康正の作で密教的な薬師信仰をとどめています。

教王護国寺のみどころ

講堂は天長2年(825年)空海によって着工され835年頃には完成しました。その後度々災害に会い、1486年の土一揆により金堂とともに焼失しましたが、1491年に再興され、旧基壇の上に建てられました。様式は純和様で優美な姿をしています。講堂の中は立体曼陀羅の世界で、堂内白亜の壇上には大日如来を中心とした五智如来、五菩薩、五大明王、周囲には四天王が置かれ、梵天、帝釈天等21体の仏像が安置されています。弘法大師の密教の教えを表現するという立体曼陀羅の世界で、6体は後補ですが、15体は平安前期を代表するわが国密教像の秀作です。国宝・帝釈天は美男におわすと若い女性にも人気です。

教王護国寺の東寺

五重塔は、東寺の象徴として広く親しまれており、天長3年(826年)空海の創建着手ですが、しばしば災火に会い焼失すること四度に及んでいます。日本では唯一の高さであり、雷が落ちやすかったとも考えられます。現在の塔は寛永21年(1644年)に徳川家光の寄進により竣工しました。総高55mで現存する日本の古塔の中では最高です。内部は心柱を大日如来に見立て、その周囲の須弥壇に阿しゅく如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来の金剛界諸仏と八大菩薩を安置しています。

全体の形も美しく、細部の組み物の手法は純和洋で、初重内部の彩色も落ち着いています。普段は未公開ですが、時に特別公開される時には拝観したいものです。

美しい瓢箪池

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五重塔の北に池泉回遊式の瓢箪池があります。春には枝垂れ桜やツツジが美しい風景をみせ、初夏には宝蔵廻りに蓮の花が水面に映えます。この池庭の素晴らしさは南に五重塔が聳え、どこからでもその雄姿を間近に望むことが出来ることです。

教王護国寺の西院

弘法大師信仰の中心となってい大師堂(西院御影堂)のある、伽藍の西北部の西院は、弘法大師の住坊で大師の念持仏、不動明王(秘仏)が安置され不動堂とも呼ばれていました。1379年に焼失しましたが、その翌年には再建され、さらに十年後大師像(国宝)を拝するための礼堂と廊を加えて現在の姿になりました。。入母屋造りの礼堂と切妻の中門、緩やかな勾配の総檜皮葺きの屋根が優美です。

東寺で開かれる「弘法さん」

東寺では、毎月弘法大師の命日である21日に「弘法さん」と呼ばれる市が開かれています。境内には1000軒以上の露店がならび、20万人以上の人出で賑わいます。弘法さんは、骨董品やアンティーク着物など京都ならではの掘り出し物や、手作りのもの等アットホームな感じの店もあり、時間があれば足の向くまま気ままに見て歩き、いろいろと骨董品の勉強をしたりなど楽しいです。12月の21日はしまい弘法として特に賑わいます。

東寺由来のどら焼き

東寺由来のお菓子にどら焼きがあります。江戸時代末期に5代当主の笹屋伊織が東寺のお坊さんから副食となるお菓子を作って欲しいとの依頼を受け、お寺でも手作りできるようにと鉄板の代わりに銅鑼を使うことを考えついたのが始まりです。一般に知られるどら焼きは、形がお寺の銅鑼に似ていることからそう呼ばれるようになったのですが、笹屋のどら焼きは全く異なった形で円柱形をしています。銅鑼の上で薄く焼いた薄皮に、棒状に形作ったこし餡をのせ、くるくると巻きこんだものを竹の皮で包みこんでいます。

たちまち人気になりましたが、手間をかけたどら焼きは簡単にはできないので、店では弘法大師の命日である21日だけの限定販売としました。現在は毎月20日、21日、22日とされています。オンラインショップでも扱われていますが、その日に到着するよう予約販売しているようです。とても美味しいです。


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