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日本が誇る京都の世界遺産の魅力17選

数えきれないほどの見どころがある京都。その中から定番中の定番である世界遺産17か所の魅力をまとめてみました。

京都の世界遺産は京都府京都市、同宇治市と滋賀県大津市にまたがって全部で17か所あります。これらは別々に登録されたのではなく、「古都京都の文化財」として1994年に17か所まとめて世界遺産(文化遺産)に登録されました。

日本の世界遺産(文化遺産)としては法隆寺、姫路城に続いて3番目、日本の世界遺産全体では5番目の登録です。それでは、順にその魅力を見ていきましょう。

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1.上賀茂神社

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上賀茂神社というのは通称で、正式名称は賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)といいます。京都市北区にあり、祭神は賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)です。
京都で最も古い神社の一つと言われ、平安以降は下鴨神社と共に「山城国一之宮」となった格式の高い神社です。

本殿と権殿が国宝に指定されています。

一の鳥居から長い参道を歩き、二の鳥居を入ると、見事な円錐形に形を整えられた盛り砂が目に入ります。細殿(ほそどの)前にあるこの盛り砂は「立砂(たてずな)」と呼ばれ、雷神が最初に降臨した神山(こうやま)を模して作られたと言われています。鬼門などに撒く清めの砂や、盛り塩の起源とされています。

祭事で有名なのは下鴨神社と合同で行われる葵祭です。京都三大祭りの一つに数えられており、例年5月の半ばに行われます。

神前に葵を供え、さらに葵で社殿を飾ることから葵祭りと呼ばれるようになりました。平安時代には祭りといえば葵祭りのことだったそうです。平安時代の装束をまとった総勢500人以上の行列が有名です。

また、上賀茂神社は桜の名所としても知られています。斎王桜、御所桜や馬出し桜など、愛称がついた桜が目を楽しませてくれます。

2.下鴨神社

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上賀茂神社と二つ合わせて賀茂神社(賀茂社)と総称されます。下鴨神社というのも通称で、正式名称は賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)です。京都市左京区にあり、上賀茂神社と合同で行われる葵祭で有名です。

本殿東殿には玉依姫命(たまよりひめのみこと)、西殿には賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が祀られています。神武天皇東征の折、天皇を導いたといわれる八咫烏(やたのからす)は賀茂建角身命の化身だといわれています。本殿は東西両本殿共に国宝に指定されています。

境内は、広大な「糺(ただす)の森」の北側にあります。この森を通る参道では毎年5月に流鏑馬(やぶさめ)が行われています。楼門の前には「縁結びの御神木」があります。根元は二本なのに、上のほうで片方の木の幹が他方の木の幹の中に入り込んでいる不思議な形です。良縁を求めて多くの参拝者が訪れます。

境内には、国宝の東西本殿の他に、楼門、舞殿、御手洗社(みたらししゃ)、言社(ことしゃ)、大炊殿(おおいどの)、御井(みい)など、見どころが数多くあります。

3.金閣寺

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清水寺と並んで修学旅行、京都観光の定番です。場所は京都市北区。有名な金箔張りの建物は、臨済宗相国寺派の鹿苑寺という寺院の舎利殿なのですが、いまでは寺全体が金閣寺として知られるようになりました。開基(創設者)は室町幕府第3代将軍足利義満です。

昭和25年(1950年)に見習い僧侶の放火によって焼失してしまいました(5年後に再建)。この事件は三島由紀夫の小説「金閣寺」の題材になっています。消失前の金閣(舎利殿)は国宝でしたが、再建後、つまり現在の金閣は国宝等の指定は受けていません。

鹿苑寺の文化財としては、絹本著色足利義満像、絹本著色達磨図、大書院障壁画(伊藤若冲筆)等の絵画の他、庭園が特別史跡・特別名勝に指定されています。季節にかかわらず混雑している金閣寺ですが、金閣自体のすぐそばに近寄れないのと、大きな池を挟んだ対岸から眺めるのがベストアングルなので、どんなに混んでいても絵葉書のような金閣を見ることができるのが良いところです。

また、特別史跡・特別名勝に指定されている広大な庭園も見事です。豪華絢爛な金閣だけに目を奪われてこちらを見落とさないようにしたいものです。

4.銀閣寺

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銀閣も金閣と同じく臨済宗相国寺派の寺院です。正式名称は東山慈照寺といい、京都市左京区にあります。銀閣寺と知られている建物は相国寺の境外塔頭の一つで、金閣寺とともに室町時代後期の東山文化を代表する建物です。開基(創設者)は室町幕府第8代将軍の足利義政です。金閣は舎利殿であるのに対し、銀閣は観音殿です。

金箔が貼られてきらびやかな金閣寺に対して銀閣寺は黒漆塗り。はっきり言って地味ですが、その地味さ渋さが銀閣の魅力でもあります。銀閣と呼ばれるようになったのは江戸時代以後のことだそうです。また、銀閣と呼ばれることになった由来についても、銀箔を貼る予定が幕府の財政難でできなくなったとか、黒漆が陽の加減で銀色に見えたからなど諸説あるようです。

銀閣を眺めるベストアングルも、間に池(錦鏡池)を挟んでいるので、金閣と同じように人混みで銀閣がよく見えないということはありません。この錦鏡池は1952年に国の特別史跡、特別名勝に指定されました。

銀閣の北東側には、「銀沙灘(ぎんしゃだん)」と呼ばれる白砂を敷きつめて縞模様をつけた庭があり、白砂を円錐台形(富士山の形)に盛り上げた「向月台」が置かれています。銀沙灘の北には本堂、本堂の東には「東求堂(とうぐどう)」があります。東求堂の中にある茶室は日本最古のもので、茶室の模範とされているようです。銀閣と東求堂が国宝に指定されています。

5.元離宮二条城

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「古都京都の文化財」全17か所のなかで唯一寺社ではないのが二条城です。京都御所の南西、京都市中京区にあります。

江戸幕府を開いた徳川家康がその威光を京に示すために築かせた城といわれます。徳川家康の将軍就任の儀と、徳川慶喜の大政奉還が行われ、まさに徳川幕府の栄枯盛衰を見つめてきた城であるといえます。

明治に入ると、二の丸御殿は京都府庁舎となり、その後、宮内省の所管となって「二条離宮」と改称しました。昭和14年に宮内省から京都市に下賜され、以後「元離宮二条城」という名称になったのです。

城内全体が国の史跡となっている他、二の丸御殿6棟が国宝、建造物22棟と二の丸御殿の障壁画1016面が重要文化財に指定されています。さらに二の丸御殿庭園は特別名勝の指定を受けています。

建物として抜群の存在感を放つのが二の丸御殿です。それ以外の数多くの重要文化財も見どころです。変わったところでは、城内3か所の「土蔵(米蔵)」があります。日本のお城は数あれど、米蔵が現存しているのは二条城だけだそうです。庭園も、二の丸庭園(江戸時代)、本丸庭園(明治時代)、清流園(昭和時代)と3時代の庭園があり、それぞれの趣を楽しむことができます。

6.清水寺

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説明の必要が不要なくらい有名な、京都を代表するお寺の一つです。広隆寺や鞍馬寺とともに平安遷都以前からの歴史がある古いお寺です。懸造(かけづくり)と呼ばれる建築方法で崖にせり出すように造られた「清水の舞台」はあまりにも有名です。所在地は京都市東山区。宗派は、もとは法相宗でしたが、現在は北法相宗です。

正門にあたる「仁王門(山門)」に至る道は狭いうえに土産物屋がずらりと軒を連ね、観光シーズン、修学旅行シーズンともなれば歩くのも困難なほどに混みあいます。

舞台がある本堂と、その内々陣中央の須弥壇(しゅみだん)に安置された三基の厨子(ずし)が国宝に指定されています。さらに、清水寺境内地も1993年に国宝に追加指定されました。

重要文化財は数多くあり、代表的なものとしては仁王門、西門、三重塔、奥の院ご本尊の木造千手観音坐像があげられます。

なお、文化財ではありませんが、清水寺の寺号の由来とされる霊水が流れ落ちる「音羽の滝」も清水寺の見どころとして忘れることはできません。清水寺は紅葉の名所としても有名です。舞台を背景にした眺めを筆頭に、境内いたるところに紅葉の見どころがあります。

普段は見ることのできないとっておきは、「成就院」の庭園「月の庭」です。国の名勝に指定されているこの庭は、春秋の特別拝観時以外見ることはできません。

7.仁和寺

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仁和寺(にんなじ)は京都市右京区にある真言宗御室派総本山のお寺です。開基(創立者)は宇多天皇であり、皇族・公家が住職を務めた門跡寺院です。出家後の宇多法皇が住んだことから「御室御所」(おむろごしょ)と呼ばれました。明治以降は門跡に皇族が就かなくなり「旧御室御所」と称するようになりました。

仁和寺は、徒然草の「仁和寺にある法師」の話でも知られています。また、宇多天皇を祖とする華道御室流の家元でもあります。境内は「御所」と呼ばれていただけあって、格式ある雰囲気が漂っています。

建造物では「金堂」が国宝に指定されています。他には、木造阿弥陀如来及両脇侍像、木造薬師如来坐像、絹本著色孔雀明王像(絵画)等が国宝です。重要文化財としては、五重塔、観音堂、中門、二王門、鐘楼等14棟が、絹本著色聖徳太子像他数多くの絵画、彫刻、工芸品などが指定されています。

桜の名所としても知られていて、仁和寺の桜は「御室桜(おむろざくら)」と呼ばれます。境内への入場は無料であり、御殿・霊宝館のみ拝観料が必要です。ただし、「さくらまつり」の期間は境内への入場にも拝観料が必要となります。

8.龍安寺

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「石庭」で有名な龍安寺(りょうあんじ)は前述の仁和寺のすぐ北東にある臨済宗妙心寺派のお寺です。創建したのは室町幕府の管領で守護大名の細川勝元です。

応仁の乱で焼失しましたが、その後細川政元が再興し、最盛時には23もの塔頭(たっちゅう)数えるほど栄えました。後に火災に遭ってまた消失。以後再建されたものの往時の規模に戻ることはなかったそうです。

枯山水の名園として有名な石庭は「龍安寺方丈庭園」といい、国の史跡及び特別名勝に指定されています。長方形の敷地の中に白砂を敷いて砂手熊で縞模様をつけて水の流れを表し、そこに大小15の石を配して島に見立て、草木は一切用いずに自然を表現しているといわれます。

この石庭は、15個すべての石を同時に見ることができないように石が配置されていることでも知られています。

国宝に指定されている建造物、宝物はなく、方丈(石庭はここから眺める)と太平記12冊(太平記の古写本)が重要文化財に、鏡容池を中心とした龍安寺庭園が国の名勝に指定されています。

方丈の東には「龍安寺垣」とよばれる独特の組み方をした竹垣があり、その脇に秀吉が賞賛したと伝えられている椿の古木「侘助椿」があります。龍安寺は桜や紅葉の名所として有名ではありませんが、「鏡容池」畔に植えられている桜と楓が春と秋にはそれぞれ見事な景観を見せてくれます。

9.西芳寺

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西芳寺(さいほうじ)は京都市西京区にある臨済宗のお寺です。天龍寺の境外塔頭で、開山は行基、中興の開山は夢窓疎石です。正式名称よりも苔寺(こけでら)の通称で知られています。

国の特別名勝・史跡に指定されている「西芳寺庭園」が最大の見どころで、120種におよぶ苔が緑色の絨毯のように境内を覆っています。足利義政が銀閣寺を造営するに当たっては、この庭園を範としたといわれています。

苔の庭園の他には、幕末に岩倉具視が隠棲した湘南亭と絹本著色夢窓疎石像が重要文化財に指定されています。残念なことに、近年、苔の傷みが激しくなり、高額(3,000円)の拝観料と往復はがきによる事前申込が必要となってしまいました。

庭園の美しさが際立つのは梅雨の季節ですが、秋には苔の緑に紅葉が加わって見事な景観となります。なお、アップルのスティーブ・ジョブズが家族とともに西芳寺をよく訪れていたことは知る人ぞ知るエピソードです。

10.高山寺

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京都市中から遠く離れた洛西の山中にある高山寺。山号は栂尾山(とがのおさん)。真言宗系の単立寺院です。栂尾は、神護寺のある高尾、西明寺の槇ノ尾とあわせて三尾と呼ばれています。

古代から山岳修行の場として小規模な寺院があり、高山寺は平安時代には神護寺の別院でありました。その後、戦乱や火災で伽藍の多くを焼失してしまい、鎌倉時代の建物は石水院だけとなっています。

境内には日本最古の茶園があります。鎌倉初期に臨済宗の開祖栄西が南宋から持ち帰った茶の種子を明恵上人に贈り、明恵上人が植えた茶が高山寺で栽培され続けていると伝わっています。

高山寺の国宝で有名なのは「鳥獣人物戯画4巻」です。甲乙丙丁4巻から構成されており、和紙23枚をつなげた「甲巻」は長さ11メートルに及びます。つい最近、この「甲巻」の中間と後半の絵の順序が入れ違いになっていたことが判明したと報道されていました。

「鳥獣人物戯画」(レプリカ)が展示されている石水院も国宝です。このほかにも、明恵上人像(樹上座禅像)、仏眼仏母像など貴重な絵画絵巻などが国宝に指定されています。重要文化財の指定を受けている建造物、美術品なども数多く、洛西における文化財の宝庫といわれています。また、高山寺のある栂尾、さらに高尾、槇ノ尾を加えた三尾は京都有数の紅葉の名所でもあります。

11.西本願寺

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西本願寺は京都駅の程近く、京都市下京区にある浄土真宗本願寺派本山のお寺です。「東本願寺」(こちらは真宗大谷派の本山)と区別するために西本願寺という通称で呼ばれますが、正式名称は「龍谷山 本願寺」といいます。京都の人には「お西さん」の愛称で親しまれています。

もともと、親鸞の廟堂として京都東山に創建されましたが、比叡山延暦寺から迫害を受けるなどで転々と場所を移し、秀吉の寄進によって大阪天満から現在の地に移ったのだそうです。御影堂、阿弥陀堂、飛雲閣、唐門など数多くの建造物が国宝に指定されています。飛雲閣は金閣(鹿苑寺)、銀閣(慈照寺)と共に「京の三閣」と呼ばれています。

紙本墨画親鸞聖人像(鏡御影)や親鸞筆といわれる『観無量寿経註』など多くの宝物が国宝指定です。他にも多くの建造物、美術品、工芸品が重要文化財の指定を受けています。珍しいところでは、京都市指定の天然記念物があります。木を逆さにして根を天に広げたよう樹形から「逆さ銀杏」とも呼ばれる銀杏の巨木です。樹齢約400年ともいわれるこの大銀杏は、火災時に水を噴き出して消し止めたという伝説から「水吹き銀杏」とも呼ばれています。

西本願寺の拝観料は無料で、境内、御影堂、弥陀堂には自由に入ることができます。国宝の書院、飛雲閣も前日までに予約をしておけば拝観することができます(拝観料は志で300円以上が望ましいとされています)。

12.東寺

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東寺は京都市南区にある東寺真言宗総本山の寺院です。正式名称は「教王護国寺」といいます。ただし「東寺」も創建当時から用いられてきた名称で、平安時代の公式記録には「教王護国寺」の表記は見当たらず、すべて「東寺」なのだそうです。

東寺があるのだから西寺は?と考えるのは当然ですが、実際に西寺は存在し、現在その遺構が確認されています。平安京鎮護のため、羅城門の東西に対で建立された官立の寺でありました。その後、東寺は嵯峨天皇から空海(弘法大師)に下賜されて真言密教の根本道場として栄え、「お大師様の寺」として庶民の信仰を集めるようになったといわれています。

東寺のシンボル的存在は新幹線の車窓からも見ることができる五重塔(国宝)です。高さは55mあり、木造塔としては日本一の高さを誇ります。雷や不審火で4度にわたって焼失し、現在の塔は江戸時代初期に徳川家光の寄進で建てられた5代目です。

五重塔の他にも金堂、大師堂、蓮花門、観智院客殿が国宝に指定されています。絵画、彫刻、工芸品の国宝も多く、なかでも絹本著色両界曼荼羅(伝・真言院曼荼羅)は日本に伝わる両界曼荼羅で最も有名といわれています。

重要文化財に至っては数えるのが困難なくらいで、国宝の品々とあわせ、東寺宝物館に多く収蔵されています。

13.天龍寺

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天龍寺は、京都市右京区にある臨済宗天龍寺派大本山の禅寺です。足利将軍家と桓武天皇ゆかりの寺院として京都五山の第一位とされてきました。

最盛期は15世紀前半と言われていますが、足利家没落や戦乱で衰退してゆきました。創建以来、8度におよぶ大火のため、創建当時の建造物は残っておらず、現存の建物はいずれも明治以降の再建です。

天龍寺には国宝指定を受けている建造物、宝物はありませんが、特別名勝及び史跡の指定を受けている「曹源池庭園」が天龍寺を有名にしています。夢窓国師の作といわれるこの庭園は、嵐山と亀山の借景を巧みに取り入れ、四季折々の美しさで参拝者の目を楽しませてくれます。

平成9年(1997年)、日本画家加山又造によって法堂の天井に描かれた「雲龍図」は圧巻です。また、天龍寺は京都の紅葉名所の一つに数えられています。その代表は天龍寺前庭の紅葉ですが、境内全域でみごとな紅葉を鑑賞することができます。

変わったところでは、天龍寺は明治の活動写真時代から、境内の武家屋敷のようなたたずまいが映画のロケに利用されてきました。現在ロケで使われることはありませんが、かつては「忠臣蔵」の雪中討入りの場面がここで撮影されたこともあったそうです。

14.醍醐寺

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醍醐寺は空海の孫弟子にあたる理源大師聖宝が開いた真言宗のお寺です(真言宗醍醐派総本山)。平安の頃から「花の醍醐」と称されるほどの桜の名所であり、秀吉晩年の最大催事である「醍醐の花見」は、ここ醍醐寺三宝院裏の山麓で催されました。

京都市伏見区にある醍醐山に広がる200万坪を超すといわれる境内は、山上の上醍醐と山麓の下醍醐に分かれています。上醍醐と下醍醐は山道で結ばれており、上醍醐への登り口にはかつて女人結界(ここから先は女人禁制という境)がありました。

下醍醐には、「金堂」「三宝院」「五重塔」(いずれも国宝)などを中心とした絢爛たる大伽藍が広がります。なかでも五重塔は京都に残る希少な平安時代建築です。下醍醐から山道を1時間ほど登ると上醍醐に至ります。ここ醍醐寺開創の地には、薬師堂(国宝)、開山堂(重文)、如意輪堂(重文)、清瀧宮拝殿(国宝)などの貴重な建造物が点在しています。

醍醐寺は桜だけでなく紅葉の名所でもあり、秀吉は秋の「醍醐のモミジ狩り」を楽しみにしていたと言われています。しかしながら、その望みをかなえることができず「醍醐の花見」を開催した年の夏に波乱に満ちた生涯を閉じたのです。

毎年4月第2日曜日に開催される「豊太閤花見行列」で「醍醐の花見」の面影をしのぶことができます。

15.平等院

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源氏物語宇治十帖の舞台となった宇治は京都の南にあり、平安時代には貴族の別荘が多く建てられていた地でもありました。

現在の平等院は、光源氏のモデルの一人といわれる源融(みなもとのとおる)の別荘が宇多天皇に渡り、最終的に摂政藤原道長の別荘「宇治殿」となったものです。道長の死後、その子藤原頼通は宇治殿を天台宗の寺に改めました。これが平等院の始まりです。当時は大規模な寺院だったようですが、楠木正成によって焼かれ、さらに応仁の乱で衰退して、当時から残っているものは、阿弥陀堂(=鳳凰堂)と鎌倉時代に再建された「観音堂」だけだそうです。

鳳凰堂そのものは国宝に指定されていますが、屋根上の鳳凰も国宝で、実物は鳳翔館に収蔵されています。その他にも、木造阿弥陀如来坐像、木造雲中供養菩薩像 52躯、鳳凰堂中堂壁扉画 14面等数多い国宝があります。

さらに、観音堂は重要文化財、平等院庭園は史跡・名勝に指定されています。

平安貴族の栄華を今に伝える鳳凰堂も、前回の修理から50年以上経過し、傷みも著しくなったことから、2012年から約2年をかけて大修理が行われました。建立当時用いられていた赤茶色の顔料「丹土(につち)」で塗り直し、屋根の鳳凰(レプリカ)の金箔も張り直して、創建当時の鮮やかな姿が現在に蘇ったのです。

16.宇治上神社

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錚々たる有名寺社が名を連ねる「古都京都の文化財」全17か所のうち、唯一知名度があまり高くないと思われるのが宇治上神社です。境内はこぢんまりとしていて、派手さもありません。場所は、その名が示す通り京都府宇治市にあります。

創建は極めて古いらしく起源は不明。すぐ近くにある宇治神社と二社一体の存在であったとされています。知名度や境内の広さでは見劣りする宇治上神社ですが、遺産としての価値はさすがに世界遺産に登録されるだけのことはあります。

境内にある主要な建物は「拝殿」と「本殿」だけですが、ともに国宝の指定を受けています。特に「本殿」は、21世紀に入ってからの学術調査の結果、1060年頃のものであることがわかり、「現存最古の神社建築」であることが裏付けられました。

本殿の東側に摂社(神社の境内にある小さな社)「春日神社」があります。この小さな社も鎌倉時代の建築で、重要文化財に指定されています。宇治上神社の本殿、拝殿は、中は拝見できないものの、外回りは自由に拝観見学することができます。

17.延暦寺

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京都市の北東に位置し、京都市左京区と滋賀県大津市にまたがる比叡山まるごと全域を境内とするお寺です。現在の住所は滋賀県大津市。天台宗の総本山で、最澄がひらいたことは歴史で習った通りです。

開創以来、高野山金剛峯寺と共に平安仏教の中心として栄え、天台宗のほか、密教、禅なども教えていて仏教総合大学の様相を呈し、最盛期には三千を越える寺社で構成されていたといわれています。

天台宗の円仁・円珍、浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞、臨済宗の栄西、曹洞宗の道元、日蓮宗の日蓮等、日本仏教史上高名な僧の多くが比叡山で修行していることから日本仏教の母山と称されています。東塔地域にある大講堂に比叡山で修業を積んだ高僧の肖像画がずらりと掲げられています。

比叡山全体が寺域なので境内はべらぼうに広く、東塔(とうどう)、西塔(さいとう)、横川(よかわ)の三地域がシャトルバスで結ばれています。メインは東塔地域で、ここの中心的な建物「根本中堂」が延暦寺の総本堂にあたります。根本中堂は国宝に指定されており、木造建築としては日本で三番目の大きさといわれています。

根本中堂の内陣に安置されている薬師如来(秘仏)の前には「不滅の法灯」と呼ばれる三個の釣灯籠があります。

延暦寺には根本中堂をはじめとして10件の国宝、60以上の重要文化財があります。これらは建造物を除いて東塔地域にある「国宝殿」で公開されています。開山以来1200年の歳月、そして信長による焼き討ちに遭いながらこれらの宝物が今に受け継がれているのは奇跡といえます。

京都市内から離れているのと境内が広大なので市内著名寺社よりも空いています。また、京都市街地よりも標高が高くて気温が少し低いので、夏場は市内の名所よりお勧めです。

まとめ

「古都京都の文化財」という名称で世界遺産としてひとくくりに登録されたものの、実際には17か所におよぶ寺社と城です。とても1日で回りきれるものではありません。場所もばらばら、規模も様々、拝観料も無料から高額までいろいろです。

17か所どこをとっても世界遺産の名に恥じない歴史があるので、時間をかけて鑑賞したいものです。規模が大きいあるいは遠い(延暦寺、醍醐寺など)ところは一か所を一日かけて、近くにある(平等院と宇治上神社、龍安寺、仁和寺と金閣寺など)のは二三か所まとめて、という回り方がよいかもしれません。

また、清水は二寧坂・三寧坂、天龍寺は嵐山というように近隣の名所を加えて楽しむという手もあります。どういう組み合わせで見て回ろうかと考えるのも京都の世界遺産の魅力だといえるでしょう。


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