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京都勧修寺のロマンスの歴史とおすすめ観光スポット

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京都市山科区にある勧修寺は真言宗山階派大本山で、皇室とつながりの深い門跡寺院です。当寺は平安時代の昌泰3年(900年)に醍醐天皇が若くして死去した生母である藤原胤子の追善のために、胤子の母方の祖父にあたる宮道弥益(みやじいやます)の邸宅跡を寺院にしたものです。寺は胤子の実弟である右大臣・藤原定方に命じて造立されました。

本記事では京都勧修寺の歴史の魅力と観光の見どころについてご紹介していきます。本記事と一緒に勧修寺の魅力と触れ、観光をより印象深いものにしていきましょう。

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「今昔物語集」に残る勧修寺の逸話

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平安時代末の説話集である「今昔物語集」(巻22第7)には、この寺の創建にまつわる逸話が残されています。

斉衡4年(857年)に後の内大臣である藤原高藤が、鷹狩で南山階(今の山科)に赴いた際に、栗栖野で申の刻(夕方4時頃)に雷雨に見舞われました。藤原高藤が雨宿りに偶然立ち寄ったのは大領(領主)であった宮道弥益の屋敷で、弥益の強い勧めもあり一夜を過ごすことになりました。弥益は高藤をもてなし、酒や料理を運んできた弥益の美しい娘・列子(たまこ)に一目ぼれして一夜限りの契りを結びました。この時の高藤の年齢は15-16歳で列子は13-14歳でした。

高藤は列子との結婚を約束し、翌日に形見の太刀を残して弥益の屋敷を去って自宅に帰りました。その頃、高藤の家では父である藤原良門が息子が鷹狩から帰らないので心配して待っていました。高藤が戻ると良門は激怒して、今後高藤が鷹狩に行くことを厳禁しました。そのため、高藤は何年も列子に会いに行くことができなくなってしまいました。その間に列子は高藤との間に女の子が生まれ、胤子と名付けて育てていました。

高藤が列子と会って6年後に父・良門が亡くなり、高藤は宮道弥益の屋敷に出向いて列子に会いに行きました。すると、そこには美しい列子と自分によく似た娘の胤子がいました。列子と再会した高藤は結婚の約束を守り、都に移り住むことになりました。その後、2人には男の子(後の右大臣・藤原定方)も生まれました。胤子は後に宇多天皇の女御となり、醍醐天皇の生母となりました。このことがきっかけとなり、藤原高藤も宮道家も昇階して栄えることになりました。田舎の一領主の娘に過ぎなかった列子が天皇家の親戚になったことで、「玉の輿」の由来になったと言われています。

紫式部との関係

「源氏物語」の作者である紫式部は、胤子の実弟にあたる藤原定方のひ孫にあたります。もしも高藤が列子と結んだ約束を果たしていなければ、源氏物語は存在しませんでした。ちなみに「源氏物語」13帖「明石の君」の話は、藤原高藤と列子の逸話が元になったと言われています。

勧修寺の歴史

勧修寺は鎌倉時代・室町時代に宮門跡寺院として栄えましたが応仁の乱と文明2年(1470年)の兵火で焼失し、さらに豊臣秀吉が伏見街道を整備する際に境内地が削られて衰退しました。その後、江戸時代の天和2年(1682年)、霊元天皇皇子の済深法親王が29世長吏として入寺してから再興することになりました。法親王が東大寺大仏殿再建に尽力して、その功績が認められたことで寺領が1,012石に加増されました。天皇家と徳川家の援助により境内が整備され、現存する本堂・宸殿・書院等の伽藍は、御所にあった霊元天皇・明正天皇などの旧殿を移築されてきたものです。

勧修寺の見どころ

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本堂や宸殿、書院は御所であった建物で、天皇家の生活や宮殿の建築様式を見ることができます。

境内は白壁の築地塀が続き、皇室ゆかりの門跡寺院としての風格を残しています。寺内は全体的に飾り気のない落ち着いた雰囲気ですが、王朝の雅を感じさせる雰囲気を感じることができます。境内のみどころは、水戸黄門として有名な水戸光圀が寄進したものと伝えられる石灯籠「勧修寺型灯籠」と、徳川家から贈られた貝型手水鉢「半月水盤」です。境内には勧修寺氷池園という池泉庭園があります。庭園の中心を占める池(氷室の池)に植えられている蓮の花が美しいことで有名です。平安時代には毎年1月2日に池に張った氷を宮中に献上され、氷の厚さによって五穀豊穣の占いが行われました。

花の寺とも呼ばれる勧修寺

勧修寺は「花の寺」とも呼ばれています。境内には枝垂桜・染井吉野・山桜などが植えられて、春になると満開の桜の花を見ることができ、桜の名所としても有名です。他にも、梅・馬酔木(3月初旬)・杜若(5月中旬)・藤(5月上旬~中旬)・花菖蒲(6月)・睡蓮(6月上旬~7月上旬)・泰山木(6月~7月)・蓮(7月中旬~8月中旬)・椿、ドウダンツツジ、百日紅(7月~9月)・サンシュユ(8月・9月)・槿・モッコク・ハゼ・嵯峨菊・山茶花・イチョウ(11月上旬~12月上旬)・楓(11月上旬・12月上旬)・南天などの植物が植えられていて、四季折々の美しい風景を眺めることができます。どの季節に訪問しても、いずれかの花や木が見頃を迎えています。

勧修寺へのアクセス方法

勧修寺へのアクセス方法ですが、京都市営地下鉄東西線の「小野駅」で下車して、西に200mほど歩いた場所にあります。周辺の観光スポットには世界遺産に登録されている「醍醐寺」があります。

まとめ

いかがでしたでしょうか?本記事では京都勧修寺の歴史と魅力についてご紹介して参りました。勧修寺の歴史を知ることで、実際に観光される際に歴史を感じながら見て回ることができるようになります。

京都勧修寺への観光を予定されている方は、是非本記事をご覧になってみてください。


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