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京都永観堂の歴史と魅力、観光をより楽しむための事前知識

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永観堂として知られている禅林寺は京都市東山区にある浄土宗西山禅林寺派総本山の寺院で、南禅寺の北隣に位置しているお寺です。永観堂の庭園には多くのモミジが植えられており、寺院になる前にこの場所を邸宅として所有していた歌人・藤原関雄が古今和歌集で「奥山の岩がきもみぢ散りぬべしてる日のひかり見る時なくて」と詠んだほどです。

本記事では京都永観堂の歴史と魅力をご紹介していきます。京都旅行で永観堂の観光を予定されていらっしゃる方は、是非本記事を参考にして頂ければ幸いです。

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鮮やかな紅葉で有名な永観堂

今でも「モミジの永観堂」として知られるほど紅葉の名所として有名で、毎年紅葉シーズンになるとライトアップされたモミジを観るために多くの観光客がこの場所を訪れます。

境内の最も高い位置に1928年(昭和3年)に篤志家の寄付で建てられた塔「多宝塔」がありますが、多宝塔は一般公開されていて、塔の上から庭園を眺めることができます。紅葉シーズンに多宝塔から赤く染まった庭園の紅葉景色を眺めると、もみじの「紅い海」を観ることができます。

庭園で紅葉鑑賞をする文化を作った

実は、平安時代には皇族や貴族などが紅葉風景を楽しむ習慣はあったものの、野山で自然の状態の紅葉を眺めるだけで庭にモミジを植えて紅葉風景を眺めることはありませんでした。庭園で紅葉風景を楽しむ習慣のなかった平安時代に、藤原関雄は自らの邸宅(永観堂の庭園)でモミジを鑑賞していたのです。

今でも境内に生えている「岩がきもみぢ」の実物を見ることができます。京都には多くの寺院仏閣がありますが、その多くは鎌倉時代以降のものです。禅林寺の庭園は平安時代の面影を残す数少ない史跡なのです。

永観堂(禅林寺)の歴史

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禅林寺が創建されたのは平安時代の仁寿3年(853年)です。空海(弘法大師)の弟子である僧都・真紹が実践道場の建立を志して、五智如来を本尊とする寺院を建立したのが最初です。この場所に屋敷を所有していた藤原関雄が寺院建立のために邸宅を寄進して禅林寺が建立されました。

空海と言えば真言宗(密教)で、禅林寺は元々浄土宗ではなく真言宗の寺院でした。ところが平安時代末期に中興の祖とされる7世住持の律師・永観(1033年-1111年)が天台宗から浄土宗に帰依して以降、天台宗であった禅林寺は浄土宗の寺院となりました。永観は浄土宗に帰依してから熱烈な阿弥陀信者となり、毎日一万遍の念仏を唱えることを日課とするようになりました。それに加えて境内に「薬王院」を設けて、病人救済などの慈善活動も行っていました。

永観堂の重要文化財

禅林寺の本尊は阿弥陀堂の中に安置されている「顧り(みかえり)阿弥陀」像(全高約77cm、平安後期~鎌倉初期の作)で、国の重要文化財に指定されています。「顧り(みかえり)」とは、この仏像の顔が正面ではなく首を左に曲げていることを指します。正面や少し斜めに顔を傾けた仏像はありますが、完全に真横を向いた仏像はほとんど存在しません。

この阿弥陀像は奈良にある東大寺大仏開創供養の際に老人が奉げたもので、暫くのあいだ宮中で祀られていました。「東大寺要録」によると、この像は東大寺に下賜されて東大寺宝蔵に秘蔵されていました。この当時、東大寺東南院で有慶・顕真に師事して勉強をしていた永観が、たまたま宝蔵に秘蔵されていたこの阿弥陀像を拝する機会がありました。

その時、永観はこの仏像の奥深いところから「衆生済度こそ、この仏の本願であり宝蔵にしまっておくのはもったいない」と呼びかける声を聞きました。このことが白河法皇の耳に入り、永観がこの阿弥陀像を供養することになりました。後に永観が東大寺別当職を辞職してからこの仏像を背負って京都に持ち運ぶ際に、東大寺の僧がこれを取り返そうとして追いかけてきました。

東大寺の僧たちは京都の木幡(今の宇治市木幡)で永観に追いついて仏像を取り返そうとしましたが、像は永観の背に取り付いて離れなかったため僧たちは像を取り返すのを諦めて帰ってしまいました。

阿弥陀像の首が左を向いている理由

永保2年(1082)、永観が50歳の頃に2月の底冷えがするお堂の中で、永観は正座したり仏像の周りを行道しながら念仏を唱えていました。すると突然、須弥壇に安置してある阿弥陀像が壇から下りてきて永観の前を先導するかたちで行道を始めました。驚いた永観はその場で呆然と立ち尽くしていたところ、阿弥陀像は左肩ごしに振り返って「永観、遅し」と言いました。これ以後、この阿弥陀像の首は元に戻らず、左に向いたまま現在の姿で安置されていると伝えられています。

阿弥陀像の左に向いた顔は、左にいた永観に語りかけているのです。この阿弥陀像は全体に穏健な平安時代後期の面影がありますが、ひきしまった面相や装飾的な衣文は鎌倉時代の作風です。平安時代から鎌倉時代の時代の変わり目(古代から中世)の頃の作であると考えられています。

まとめ

いかがでしたでしょうか?永観堂の一番のみどころは庭園に植えられたモミジと、永観に語りかけている本尊の阿弥陀像です。永観堂の通常拝観は午前9時~午後5時(年中無休)で拝観料は大人600円、高校生以下は400円です。「秋の寺宝展」の期間中には紅葉に染まった庭園がライトアップされ、夜間拝観が行われます。

永観堂の歴史に思いを馳せながら、是非観光を楽しんでみてください。


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