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日本一の現存木造建築として有名な知恩院の観光の見どころ

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知恩院は、正式名称・華頂山知恩教院大谷寺といい、京都市東山区にある仏教の浄土宗総本山です。浄土宗の宗祖・法然によって開基され、法然が人生の後半をこの寺で過ごし、逝去したゆかりの地に建立されたお寺として広く知られています。

本尊は法然上人像および阿弥陀如来となっています。建てられたのは、1175年で、法然上人が吉水後に草庵を開いたのが起源であるといわれています。法然上人は、勢至堂の近くに草庵をかまえ43歳のときから80歳で没するまでこの地で人生を過ごしました。晩年の数年間は流罪となって離れた時期もありました。宗祖である法然上人は、如何なる者も一心に阿弥陀如来の名を唱え続けていれば極楽往生できると説いた思想「専修念仏」を提唱していました。

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知恩院の歴史

この思想は旧仏教の派閥から激しく糾弾され、そのために流罪となったのでした。その法然の棲家は現在の勢至堂の付近にあり、当時の地名にちなんで「吉水御坊」「大谷禅坊」と称されていました。法然上人の死後、廟が造られて弟子たちが護っていましたが、1227年に比叡山・延暦寺の宗徒たちによって襲撃を受けて破壊されてしまったのです。その後も再建はしましたが、火災や応仁の乱の際に焼失してしまい、また幾度となく再建したといわれています。

火災と知恩院

そしてその地位が確立していったのは室町時代の後半でしたが、その後は、江戸時代に初代から三代将軍の徳川家康、秀忠、家光らが庇護したことによって壮大な伽藍が造られていきました。徳川家は古くから浄土宗に帰依していましたので、徳川家康は生母が亡くなったときにはここで弔いをしました。

しかし、家康にとって造営されたものは二代将軍の秀忠に継承されていきましたが、火災でそのほとんどが全焼してしまったのです。その後、三代将軍・家光によって再建が進められていき、現在の礎を築いたのです。境内には国宝に指定されている御影堂や重要文化財に指定されている勢至堂、集会堂などの貴重な歴史的建物が聳えています。中でも徳川秀忠によって建てられた三門は日本で最大級の木造の二重門として有名です。

知恩院と信仰

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知恩院にある壮大な規模を誇る伽羅は江戸時代以降の建立で、徳川将軍家から一般庶民に至るまで幅広い人々の間で信仰されてきました。そして現在でも京都の地元の人々からは「ちおんいんさん」「ちよんいんさん」と呼ばれて親しまれているお寺なのです。ちなみに、他流では門跡にあたる当主の住職のことを、知恩院では浄土門主と呼んでいます。

数多ある京都の寺社の中でも、知恩院は我々が中学校・高等学校のときに学んだ古典の授業にも幾度も登場します。歴史的に見ても大昔から親しみ深いお寺だったということがよくわかります。

知恩院から見れる美しい京都の眺望

京都の中でも著名な観光地である知恩院は、全国各地から大勢の観光客が訪れる一大観光スポットでもあります。中学校や高等学校時代に修学旅行のコースに入っていて訪れた方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。東山の広々とした敷地と山門までの道にある長い階段など体が疲れてしまうくらい歩かなければなりませんが、登りきった上には京都の市内を一望できるスポットもあるのです。

広く遠くまで四季折々に移り変わるすばらしい景色を見渡すことができる景観は京都が盆地の地形であるということを実感することができる極上の眺めです。
境内には数多くの重要文化財があり、伽羅は大小あわせて106棟にも及んでいます。庭園の美しさも見事で訪れる人々を魅了します。鶯張りの廊下や「抜け雀」や「忘れ傘」などの七不思議も古くから伝説となっています。また、念仏のふるさととも称されています。平成14年には国宝にも指定されました。

パワースポットとしての知恩院

そして、実はパワースポットとしても知られているのです。三門をくぐり抜けた先の51段ある階段は、石段を上がる度に運気も上がっていくといわれています。

特別公開される時期に訪問しよう

国宝に指定された建造物には重要な文化財であるため、内部非公開となっているものもありますが、特別公開される時期もあります。このときに訪れれば、普段はお目にかかることができない建造物が見られる絶好のチャンスです。

知恩院の数ある建造物の中でも最も特筆なのは壮大なスケールの三門です。寺院の正門は、通常は山門と書かれますが、ここでは三門と記しています。それは「空門」「無相門」「無願門」という三つの悟りに通じる解脱の境地に達するための関門を意味しているからです。

美しい建物

この三門は徳川二代将軍・秀忠が1621年に建立したものです。高さ24m・幅50mもの大きさを誇る門で、屋根に使用されている瓦の数はなんと7万枚もの数なのです。外にかけられている華頂山の額は畳二畳分以上の大きさです。

上層は仏堂になっていて数多くの仏像が納められています。仏堂の真ん中あたりには重要文化財の宝冠釈迦牟尼仏像があり、脇の壇には十六羅漢増が安置されています。天井には柱や壁に極彩色で描かれた迦陵頻伽や天女、飛龍があります。これらは、通常は非公開となっていますが、特別公開となる時期があり、素晴らしい荘厳を仰ぎ見ることができるのです。


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